はじめに
愛知県犬山市の木曽川沿いにそびえる犬山城(いぬやまじょう)は、日本に現存する最古の天守を持つ城として知られています。1537年に織田信長の叔父・織田信康によって築かれたこの城は、約490年の歴史の中で数々の戦乱を生き延び、奇跡的に当時の姿をほぼそのまま今に伝えています。
国宝に指定された5城の一つであり、木曽川の断崖の上に建つその姿は「白帝城」の異名で親しまれています。この名は、中国・長江沿いの白帝城になぞらえて、江戸時代の儒学者・荻生徂徠(おぎゅうそらい)が名付けたと伝えられています。天守最上階の回廊(廻縁)から望む木曽川の悠々たる流れと濃尾平野の大パノラマは、全国の城の中でも屈指の絶景です。
この記事では、犬山城の歴史から見どころ、アクセス方法まで詳しく解説します。現存天守の魅力と、木曽川のほとりに佇む名城の物語をお楽しみください。

犬山城の概要
| 正式名称 | 犬山城(いぬやまじょう) |
|---|---|
| 別名 | 白帝城(はくていじょう) |
| 所在地 | 愛知県犬山市犬山北古券65-2 |
| 城郭構造 | 平山城 |
| 築城年 | 1537年(天文6年) |
| 天守 | 現存天守(三層四階地下二階、国宝) |
| 開城時間 | 9:00〜17:00(入場は16:30まで) |
| 入場料 | 大人550円 |
| 定休日 | 12月29日〜31日 |
犬山城は、木曽川南岸の標高約88メートルの丘の上に築かれた平山城です。木曽川が天然の堀の役割を果たし、南側は城下町が広がるという、攻防に優れた立地を持っています。天守の高さは約19メートルで、現存天守の中では決して大きくはありませんが、三層四階地下二階の構造は見た目以上に複雑で、城郭建築の粋が凝縮されています。
犬山城は2004年まで日本で唯一の「個人所有の城」という特異な歴史を持っていました。成瀬家が江戸時代から代々城主を務め、明治以降も個人所有として天守を管理してきたのです。この個人の尽力があったからこそ、犬山城の天守は今日まで残されたとも言えます。2004年に財団法人犬山城白帝文庫に移管され、現在は犬山市が管理しています。

犬山城の歴史
織田一族の築城と戦国の動乱(16世紀)
犬山城は1537年、織田信長の叔父にあたる織田信康によって、木ノ下城から城郭を移して築城されたとされています。ただし、現存する天守がこの時代に遡るかどうかについては諸説あり、研究者の間でも議論が続いています。いずれにせよ、犬山城が戦国時代の真っ只中に築かれた軍事拠点であったことは間違いありません。
犬山城は木曽川という天然の要害に守られた「尾張の北の要」として、戦略的に極めて重要な位置にありました。美濃国(現在の岐阜県)との国境に近く、尾張と美濃を結ぶ交通の要衝を押さえていたのです。このため、犬山城は戦国時代を通じて激しい争奪戦の舞台となりました。
1564年には織田信長自身が犬山城を攻略し、その後は家臣の池田恒興に任せました。1584年の小牧・長久手の戦いでは、豊臣秀吉方の池田恒興が犬山城に入城し、徳川家康・織田信雄連合軍と対峙しています。このように犬山城は、信長・秀吉・家康という三英傑すべてに関わった城として、戦国史の重要な証人とも言えるのです。

江戸時代——成瀬家の居城として(17〜19世紀)
関ヶ原の戦い(1600年)の後、犬山城は徳川家康の重臣・小笠原吉次に与えられ、その後1617年に尾張藩付家老の成瀬正成(なるせまさなり)が城主となりました。以後、成瀬家は明治維新まで9代にわたって犬山城主を務めることになります。
成瀬家の入城後、天守の大規模な改修が行われたとされ、現在の天守の姿はこの時期に完成したと考えられています。特に天守最上階の唐破風は成瀬正成が増築したもので、犬山城のシンボル的な意匠となっています。また、成瀬家は城下町の整備にも力を注ぎ、犬山の町は城下町として発展しました。
江戸時代の犬山城は、尾張藩の支城として平穏な時代を過ごしましたが、1891年(明治24年)の濃尾地震で天守の一部が損壊します。この大地震はマグニチュード8.0と推定される内陸直下型地震で、犬山城天守の半壊をはじめ、東海地方に甚大な被害をもたらしました。
個人所有の国宝——成瀬家と犬山城の近現代(20〜21世紀)
廃藩置県後の1891年、愛知県から成瀬家に犬山城天守が譲渡されました。これが日本で唯一の「個人所有の国宝の城」の始まりです。濃尾地震で損壊した天守の修復を条件としたこの譲渡は、結果として犬山城の保存に大きく貢献しました。成瀬家は私財を投じて修復を行い、1935年には国宝に指定されました(現行法での国宝再指定は1952年)。
第二次世界大戦中も犬山城は空襲を免れ、天守は無事に残りました。戦後も成瀬家が個人で管理を続けましたが、維持費の負担は大きく、2004年に財団法人犬山城白帝文庫が設立されて城の管理が移管されました。現在は犬山市が管理運営を行い、年間約50万人の観光客が訪れています。
2017年には天守最上階の鯱(しゃちほこ)が落雷により損壊するという出来事がありましたが、翌年に修復が完了しています。犬山城は約490年の歴史の中で、地震、雷、戦乱を乗り越えて現在に至っており、その生命力はまさに奇跡的と言えるでしょう。

見どころ・おすすめスポット
犬山城を訪れたら外せないスポットを厳選してご紹介します。天守の内部から城下町まで、見どころは多彩です。
国宝天守の内部
犬山城天守の内部は、現存天守ならではの趣に満ちています。急勾配の階段を上ると、築城当時の太い梁や柱、板壁がそのまま残されており、約490年の歴史を肌で感じることができます。地下二階から四階まで、各階ごとに異なる構造が見られるのも魅力です。
特に注目すべきは、最上階の廻縁(まわりえん)と呼ばれる屋外の回廊です。手すりが低く、高所に弱い方にはスリルがありますが、ここからの眺望は絶品です。北には木曽川の雄大な流れ、東には各務原の山並み、南には濃尾平野が広がり、晴れた日には名古屋の高層ビル群まで見渡せます。

木曽川と犬山城のコラボレーション
犬山城の美しさを最も際立たせるのは、木曽川との調和です。城の北側を流れる木曽川は川幅約100メートルの雄大な流れで、川面に映る天守の姿は絵画のような美しさです。特に犬山橋からの眺めや、対岸の各務原市側からの眺望は写真撮影の定番スポットとなっています。
毎年6月1日から10月15日まで行われる「木曽川うかい」は、犬山城の夏の風物詩です。1300年以上の歴史を持つ鵜飼いを、犬山城を背景に楽しめる贅沢な体験です。かがり火に照らされた川面と城のシルエットは、幻想的な日本の夏の原風景そのものです。
城下町・犬山の町並み
犬山城の城下町として発展した本町通りは、江戸時代の町割りがそのまま残る風情ある通りです。近年は古い町家を改装したカフェや雑貨店が増え、食べ歩きスポットとしても人気を集めています。犬山名物の「犬山げんこつ飴」や五平餅、恋小町だんごなど、食べ歩きグルメも充実しています。
- 本町通り——城下町の目抜き通り。食べ歩き・カフェ巡りの定番
- どんでん館——犬山祭の車山(やま)を展示する施設
- 城とまちミュージアム——犬山城と城下町の歴史を紹介
- からくり展示館——犬山祭のからくり人形を間近で見られる
犬山祭(ユネスコ無形文化遺産)
毎年4月の第1土曜・日曜に開催される犬山祭は、1635年から続く伝統的な祭りです。13輌の車山(やま)が城下町を練り歩き、車山の上でからくり人形の奉納が行われます。2016年にはユネスコ無形文化遺産「山・鉾・屋台行事」の一つとして登録されました。夜には車山に365個の提灯が灯され、幻想的な夜車山(よやま)の巡行が行われます。犬山城と車山の共演は、犬山ならではの絶景です。
周辺の観光スポット
熱田神宮
犬山城から車で約40分、名鉄電車で約1時間の熱田神宮は、三種の神器の一つ「草薙神剣」を祀る由緒ある神社です。犬山城と合わせて訪れることで、愛知県の歴史・文化の奥深さを体感できます。
名古屋城
犬山城から電車で約30分の名古屋城は、徳川家康が築いた壮大な城郭です。復元された本丸御殿の豪華絢爛な障壁画は必見。犬山城の質実剛健な山城と、名古屋城の権力を誇示した平城を比較するのも面白い楽しみ方です。

アクセス方法
電車でのアクセス
名鉄犬山線「犬山遊園駅」から徒歩約15分、または「犬山駅」から徒歩約20分です。名古屋駅(名鉄名古屋駅)からは名鉄犬山線で約25分と、名古屋から日帰りで十分楽しめるアクセスの良さが魅力です。
車でのアクセス
名神高速道路「小牧IC」から約25分です。犬山城周辺に有料駐車場(第1〜第3駐車場、計約200台)があります。桜シーズンや犬山祭の時期は混雑するため、公共交通機関の利用をおすすめします。

まとめ
犬山城は、現存する日本最古の天守として、約490年の歴史を今に伝える国宝の名城です。木曽川の断崖に建つ「白帝城」の姿は、日本の城郭美の原点とも言えるでしょう。天守最上階の回廊から眺める木曽川と濃尾平野の大パノラマは、現存天守ならではの感動を与えてくれます。
城下町の食べ歩きや木曽川のうかいと合わせて、犬山城の魅力をぜひ体感してみてください。日本の城文化を知る上で、犬山城は外せない一城です。姫路城や松本城など他の国宝天守と合わせて訪問すれば、日本の城の奥深さをより実感できるでしょう。



