🕓 2023/6/12
#グルメ
石川県は、美しい自然と豊かな文化が融合した場所であり、多くの美食が楽しめる地域です。特に金沢市は、歴史と伝統を感じながら、地元ならではの料理を堪能できるグルメスポットとして知られています。この記事では、石川県の厳選グルメとして「治部煮」、「能登牛」、「金沢おでん」の3つの料理を紹介します。
それぞれの料理について、その魅力と歴史を詳しく紹介するとともに、おすすめのお店もご案内します。石川県を訪れる際には、ぜひこれらの絶品グルメを楽しんでみてください。
治部煮は、石川県金沢市を代表する郷土料理で、特に加賀料理として知られています。この料理は鴨肉や鶏肉、季節の野菜、特産のすだれ麩などを使い、甘辛い出汁で煮込んだ一品です。名前の由来は、食材を「じぶじぶ」と煮る音から来ているとも言われています。
特徴は、肉に小麦粉や片栗粉をまぶしてから煮ることで、出汁にとろみが付き、食材の旨味を閉じ込めることができる点です。このとろみは、特に寒い季節に体を温める効果があります。また、わさびを薬味として添えることで、鴨肉の柔らかさとわさびの爽やかな辛味が絶妙にマッチします。
治部煮は石川県金沢市を代表する郷土料理で、その起源は江戸時代に遡ります。名前の由来には諸説あり、料理を煮る際に発生する「じぶじぶ」という音から名付けられたとも、鴨肉を意味する「熟鳧(じゅくぶ)」の略であるとも言われています 。
加賀藩の武家料理として発展し、特に17世紀頃から加賀藩の御膳料理として食されてきました。当時の加賀藩主・前田家に仕えた料理人たちによって、この料理は洗練されていきました。文献によると、18世紀前期に書かれた『料理の栞』には「麦鳥(むぎどり)」という料理があり、これは現在の治部煮に似ています。
また、豊臣秀吉の兵糧奉行であった岡部治部右衛門が朝鮮から持ち帰った料理が元になっているという説もあります。この説によれば、岡部治部右衛門が持ち帰った料理が加賀藩でアレンジされ、治部煮として定着したと言われています。
能登牛は、石川県の美しい自然と素朴な風土によって育まれた高品質な黒毛和牛で、平成7年(1995年)に「能登牛銘柄推進協議会」が設立され、その基準を満たすものだけが「能登牛」として認定されます。能登牛の育成には、能登の豊かな自然環境と生産者の丹精込めた飼育技術が大きく寄与しています。
最大の特徴は、そのきめ細やかな肉質と上質な脂肪です。脂肪にはオレイン酸が豊富に含まれており、これによりトロけるような食感と豊かな風味が生まれます。特に、「能登牛プレミアム」として認定されるものは、A5ランクのうちBMS(霜降り度合い)が10以上のもの、またはBMS8または9でオレイン酸含有率が55%以上のものとされています。
能登牛は、その高品質を維持するために厳格な認定基準を設けています。石川県内で飼育され、最終的な飼養地も石川県内であること、そして肉質等級がA3以上またはB3以上であることが求められます。これらの基準をクリアした能登牛だけが、能登牛の名を冠することが許されています。
能登牛の歴史は大正時代に遡ります。石川県の能登地方で農耕用に導入された鳥取県の牛が、その起源となります。その後、兵庫県から肉用の種牛が導入され、掛け合わせが進められました。この交配によって、能登牛は発育が良好で体積に富み、資質の高い和牛として評価されるようになりました。
1995年(平成7年)、石川県と県内の肉用牛関係団体が「能登牛銘柄化推進協議会」を立ち上げ、能登牛のブランド化が進められました。この協議会により、一定の基準を満たした牛肉のみが「能登牛」として認定されるようになりました。さらに、2007年の第9回全国和牛能力共進会では、能登牛が脂肪の質の高さを評価され、特別賞を受賞しました。
金沢おでんは、石川県金沢市を代表する郷土料理で、冬の寒さを和らげる心温まる一品として地元の人々や観光客に親しまれています。このおでんの最大の特徴は、出汁の上品な風味と多彩な具材にあります。まず、金沢おでんの出汁は、昆布や鰹節をベースにした透き通ったスープが特徴で、関西風のおでんよりも深い味わいがあります。地元の大野醤油が使用されることが多く、この醤油が出汁に独特の風味を与えています。
具材には、地元の特産品が多く使われています。例えば、冬の風物詩である「カニ面」は、香箱ガニの甲羅にカニの身と味噌を詰めた贅沢な一品で、金沢おでんの代表的な具材として知られています。また、地元の海産物であるバイ貝や、ふかし(白身魚のすり身)、車麩、源助大根なども金沢おでんの定番具材です。これらの具材が出汁と絶妙に調和し、豊かな風味を醸し出します。
金沢おでんの歴史は、明治時代末期にまで遡ります。当時、東京で流行していたおでんが金沢に持ち込まれ、地元の食文化と融合することで、現在の形へと発展しました。最初に金沢でおでんが提供されたのは、祝賀イベントの際であったとされています。これがきっかけとなり、おでんが金沢の食文化に根付いていきました。
大正時代に入ると、関西風の薄味おでんが金沢でも提供されるようになり、さらに広まっていきました。関東大震災後の炊き出しで提供された関西風おでんが全国に広まったこともあり、金沢でもその影響を受けました。大正12年(1923年)には、初めておでんの看板を掲げるお店が登場し、金沢は一大おでんブームを迎えました。
2009年には、NHKの番組で「人工に対しておでんの店舗数が日本一」と紹介されたことで、金沢おでんは全国的に有名になりました。その後、さまざまなメディアで取り上げられ、金沢を訪れる観光客にも人気のグルメとなりました。