下鴨神社について|歴史や概要を詳しく解説

下鴨神社について|歴史や概要を詳しく解説

はじめに

京都市左京区、賀茂川と高野川が合流する地点に広がる原生林「糺の森(ただすのもり)」。その深い緑の中を歩いていくと、やがて朱色の楼門が静かに姿を現します。下鴨神社——正式名称を「賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)」というこの古社は、約2,600年前の創建と伝えられる京都最古級の神社の一つであり、平成6年(1994年)にはユネスコ世界文化遺産「古都京都の文化財」に登録されました。

下鴨神社の魅力は、何といってもその深い歴史と豊かな自然が一体となった空間にあります。約12万4千平方メートル(東京ドーム約2.6個分)の面積を持つ糺の森は、縄文時代から存在する原生林の名残を今に伝える貴重な自然林です。樹齢200年から600年を超える巨木が林立するこの森を歩いていると、都会の喧騒を忘れ、太古の京都にタイムスリップしたかのような感覚に包まれます。木々の間から漏れる光、足元の苔の柔らかさ、そして小川のせせらぎ——五感のすべてで「聖域」の空気を感じ取ることができるでしょう。

また、下鴨神社は縁結びのパワースポットとしても広く知られ、境内の「相生社(あいおいのやしろ)」には良縁を求める参拝者が絶えません。京都三大祭の一つ「葵祭」や、勇壮な「流鏑馬(やぶさめ)神事」の舞台としても有名であり、さらには日本人なら誰もが知る「みたらし団子」発祥の地という意外な一面も持っています。この記事では、下鴨神社の歴史、見どころ、周辺スポット、アクセス方法まで、下鴨神社の魅力を徹底的にご紹介します。

糺の森の参道、木漏れ日が差し込む緑豊かな原生林の中の小径

下鴨神社の概要

下鴨神社は、京都市左京区下鴨泉川町に鎮座する山城国一宮の古社です。正式名称は「賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)」。「御祖(みおや)」とは「母」「祖先」を意味し、上賀茂神社(賀茂別雷神社)の御祭神・賀茂別雷大神の母と祖父を祀ることに由来しています。

正式名称賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)
所在地京都府京都市左京区下鴨泉川町59
御祭神玉依媛命(たまよりひめのみこと)・賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)
社格式内社(名神大社)・山城国一宮・旧官幣大社・勅祭社
創建社伝:崇神天皇7年(紀元前90年頃)
参拝時間6:30〜17:00(季節により変動あり)
参拝料境内無料(大炊殿特別公開:大人500円)
定休日なし(年中無休)
電話番号075-781-0010

※最新の参拝時間・料金は下鴨神社公式サイトをご確認ください。

下鴨神社は、上賀茂神社とともに「賀茂社」と総称され、古代から朝廷や皇室と深い結びつきを持つ勅祭社です。延喜式神名帳では名神大社に列し、山城国一宮として格別の崇敬を受けてきました。境内には東本殿・西本殿の2棟の国宝をはじめ、53棟の重要文化財があり、神社建築の貴重な遺産が集中する場所として知られています。

東本殿には御祭神の玉依媛命(たまよりひめのみこと)が、西本殿には賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)がそれぞれ祀られています。玉依媛命は上賀茂神社の御祭神・賀茂別雷大神の母にあたり、賀茂建角身命はその祖父にあたる神です。賀茂建角身命は「八咫烏(やたがらす)」に化身して神武天皇の東征を道案内したという神話でも知られ、導きの神・勝利の神としても信仰されています。日本サッカー協会のシンボルマークである八咫烏は、この賀茂建角身命に由来するものです。年間の参拝者数は約200万人にのぼり、初詣には約30万人もの参拝者で賑わいます。

下鴨神社の歴史

1. 神話の時代:賀茂氏の祖神と八咫烏の伝承

下鴨神社の歴史は、神話の時代にまで遡ります。社伝によれば、崇神天皇7年(紀元前90年頃)に瑞垣が造営されたとする記録があり、これが下鴨神社の公式な創建の起点とされています。しかし考古学的な調査からは、糺の森周辺で縄文時代の遺物が発見されており、この地がはるか太古から聖地として崇められてきたことがうかがえます。

下鴨神社の御祭神の一柱である賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)は、日本神話の中で極めて重要な役割を果たした神です。「古事記」「日本書紀」によれば、神武天皇が日向国(現在の宮崎県)から大和国(現在の奈良県)へと東征する際、紀伊の熊野で道に迷いました。そのとき、天照大神の遣わした三本足の烏「八咫烏(やたがらす)」が現れ、険しい山中を導いて大和へと案内したのです。この八咫烏こそ、賀茂建角身命が化身した姿であると伝えられています。

もう一柱の御祭神・玉依媛命(たまよりひめのみこと)は、賀茂建角身命の娘です。玉依媛命が賀茂川で身を清めていたとき、上流から流れてきた丹塗りの矢を拾って床に置いたところ懐妊し、やがて生まれた男子が賀茂別雷大神(上賀茂神社の御祭神)になったとされています。この「丹塗矢(にぬりや)伝説」は、賀茂氏の始祖神話の中核をなすもので、上賀茂神社と下鴨神社の関係を理解する上で欠かせない物語です。つまり下鴨神社は、上賀茂神社の御祭神の「母(玉依媛命)」と「祖父(賀茂建角身命)」を祀る神社であり、「御祖(みおや)」の名はここに由来しているのです。

2. 平安時代:王城鎮護の社と葵祭の隆盛

平安京への遷都(794年)により、下鴨神社は京都の守護神としての地位を確固たるものにしました。桓武天皇は平安京の北東に位置する賀茂社を王城鎮護の神として篤く崇敬し、上賀茂神社とともに皇室の氏神に準ずる扱いとしました。延暦15年(796年)には賀茂社に葵の御紋が与えられ、「葵祭(賀茂祭)」は国家的な祭礼として盛大に執り行われるようになります。

平安時代の葵祭は、都を挙げての一大イベントでした。天皇の勅使が京都御所から下鴨神社、そして上賀茂神社へと向かう行列は、約500名もの人々が平安装束をまとって練り歩く壮大なもので、沿道には見物の人々があふれました。「源氏物語」の「葵」の巻では、光源氏の正妻・葵の上と六条御息所が葵祭の見物で車争いをする有名な場面が描かれており、当時の葵祭がいかに華やかで、人々の関心を集めていたかがわかります。紫式部自身も下鴨神社とゆかりが深く、境内の「紫式部の歌碑」にはその縁を伝える歌が刻まれています。

また、上賀茂神社と同様に下鴨神社にも「斎院(さいいん)」の制度が適用され、未婚の皇女が斎王として賀茂社に奉仕しました。斎王は糺の森で身を清め、葵祭の儀式を主宰する重要な役割を担いました。この時代に下鴨神社の社殿は大規模に整備され、東本殿・西本殿をはじめとする壮麗な社殿群が形成されました。21年ごとの式年遷宮もこの時代に制度として確立し、建築技術と信仰の両面を次世代に伝承する仕組みが完成しました。

3. 中世〜近世:戦乱の時代と糺の森の縮小

平安時代に最盛期を迎えた下鴨神社も、中世の動乱の中で幾度もの試練に直面しました。特に応仁の乱(1467〜1477年)は下鴨神社にも甚大な被害をもたらし、社殿の一部が焼失するとともに、広大な社領が戦乱に巻き込まれて荒廃しました。また、糺の森も戦国時代を通じて軍事利用や乱伐により面積が縮小し、かつて約150万坪あったとされる森は大幅に減少してしまいます。

それでも下鴨神社は、朝廷や有力者の支援を受けながら復興を繰り返しました。室町幕府は式年遷宮の費用を一部負担し、社殿の維持に努めました。戦国時代には織田信長が社領を安堵し、豊臣秀吉も社殿の修造を支援しています。秀吉は文禄3年(1594年)に社殿の大修造を命じ、荒廃した下鴨神社の復興に大きく貢献しました。

江戸時代に入ると、徳川幕府の安定した支配のもとで下鴨神社は再び繁栄期を迎えます。寛永6年(1629年)の式年遷宮では3代将軍・徳川家光の支援により社殿が壮麗に造替され、現在の国宝建築の基盤が整えられました。江戸時代を通じて式年遷宮は途切れることなく行われ、庶民の間でも「下鴨さん」として親しまれ、縁結びや安産の御利益で多くの参詣者を集めました。糺の森の保全にも幕府が関与し、森林の伐採を禁じる命令が出されるなど、自然環境の保護にも配慮がなされていました。

糺の森の中を流れる瀬見の小川、苔むした古木と清流の幻想的な風景

4. 明治〜昭和:近代化の中での変容と文化財保護

明治維新は下鴨神社にとっても大きな転換点でした。明治元年(1868年)の神仏分離令により、境内の仏教施設は撤去され、神社は純粋な神道施設としての姿を取り戻します。明治4年(1871年)には官幣大社に列せられ、国家の管理下に置かれることとなりました。

しかし明治時代の近代化は、糺の森にとって最大の危機をもたらしました。明治初期の上知令(社寺領没収)により、下鴨神社は広大な社領を失います。さらに明治後期から大正時代にかけて、糺の森の一部が開発のために伐採され、住宅地や道路に転用されていきました。かつて賀茂川から高野川にかけて広がっていた森は、現在の約12万4千平方メートルにまで縮小してしまいます。それでも残された森には、ケヤキ、エノキ、ムクノキなどの落葉広葉樹の巨木が林立し、原生林に近い生態系が維持されていることは驚くべきことです。

昭和28年(1953年)には東本殿・西本殿が国宝に指定され、多くの社殿が重要文化財として保護されることになりました。昭和58年(1983年)には糺の森が国の史跡に指定され、自然環境の保全と歴史的景観の維持が法的に担保されるようになりました。この時期、糺の森の復元事業も始まり、市民やボランティアの協力のもと、失われた森の再生が進められていきます。

5. 平成〜令和:世界遺産登録と現代の下鴨神社

平成6年(1994年)、下鴨神社はユネスコ世界文化遺産「古都京都の文化財」の構成資産の一つとして登録されました。清水寺金閣寺とともに、京都を代表する文化遺産として国際的にその価値が認められたのです。世界遺産登録後は海外からの参拝者が増加し、多言語での案内整備も進められました。

平成27年(2015年)には第34回式年遷宮の「正遷宮」が執り行われ、御神体が新しく修造された社殿にお遷しされました。この式年遷宮では約30億円の費用がかかったとされ、神社自身の努力に加え、全国の崇敬者からの奉賛金によって実現しました。式年遷宮は単なる建物の修繕ではなく、宮大工の技術、装束の染色技法、祭祀の作法といった無形の文化を次世代に伝承する重要な機会でもあります。

現代の下鴨神社は、伝統を守りながら新しい発信にも力を入れています。糺の森では夏に「下鴨神社 糺の森の光の祭」と題したデジタルアートイベントが開催され、古代の森と最先端のテクノロジーが融合する幻想的な空間が話題を呼んでいます。また、縁結びのパワースポットとしての人気も年々高まり、特に若い女性を中心に参拝者が増加しています。年間参拝者数は約200万人を数え、京都の主要神社の中でもトップクラスの人気を誇ります。次回の式年遷宮は2036年(令和18年)に予定されています。

見どころ・おすすめスポット

下鴨神社を訪れたら外せない見どころを厳選してご紹介します。2,600年の歴史と豊かな自然が育んだ独自の魅力を、ぜひ体感してみてください。

1. 糺の森(ただすのもり)——太古から続く原生林の聖域

下鴨神社最大の魅力ともいえる糺の森は、約12万4千平方メートルの広さを持つ原生林です。「糺す」という名前の由来には諸説ありますが、「偽りを正す」という意味で、古来よりこの森で裁判(神明裁判)が行われたことに由来するという説が有力です。森の中にはケヤキ、エノキ、ムクノキ、クスノキなど約40種・4,700本の樹木が生い茂り、その中には樹齢600年を超える巨木も存在します。

糺の森の参道を歩くと、まず感じるのは空気の違いです。外界よりも数度低い気温、木々が放つフィトンチッドの清々しい香り、そして頭上を覆う樹冠が作り出す緑のトンネル——五感のすべてが「聖域」であることを教えてくれます。参道の両側にはいくつもの小川が流れ、「瀬見の小川」「泉川」「奈良の小川」などの名を持つこれらの清流は、万葉集や古今和歌集にも詠まれてきました。

糺の森は国の史跡に指定されているだけでなく、生態学的にも極めて貴重な場所です。都市部にこれほどの規模の落葉広葉樹林が残されている例は珍しく、植物学者や生態学者の研究対象にもなっています。散策のおすすめ時間帯は早朝で、朝霧に包まれた森は神秘的な美しさを見せてくれます。秋の紅葉シーズンには、ケヤキやカエデが赤や黄に色づき、参道は燃えるような錦のトンネルに変わります。ゆっくり歩いて約15〜20分の参道を、太古の森の息吹を感じながら楽しんでください。

2. 相生社(あいおいのやしろ)——縁結びのパワースポット

下鴨神社の楼門手前に鎮座する相生社(あいおいのやしろ)は、京都屈指の縁結びのパワースポットとして知られています。御祭神は「神皇産霊神(かみむすびのかみ)」で、「産霊(むすび)」の名のとおり、縁結び・良縁成就の御利益があるとされています。

相生社の最大の見どころは、御神木の「連理の賢木(れんりのさかき)」です。2本の木が途中で1本に結合した不思議な姿の木で、縁結びの象徴として崇められています。驚くべきことに、この御神木は枯れるたびに糺の森のどこかに同じような連理の木が見つかり、新たな御神木として祀られるのだそうです。現在の連理の賢木は4代目にあたるとされ、自然の不思議さと神秘さを感じずにはいられません。

相生社での参拝方法は少し独特です。まず授与所で「縁結び絵馬」(500円)を受け取り、願い事を書きます。次に絵馬を持って相生社の周りを、女性は右回り(時計回り)に、男性は左回り(反時計回り)に3周します。3周したら絵馬を絵馬掛けに奉納し、最後に御神木の前で二礼二拍手一礼でお参りするというものです。この参拝方法を丁寧に行うことで、より強い御利益が得られるといわれています。特に休日には縁結びを願う参拝者で行列ができることもあり、その人気の高さがうかがえます。

3. 御手洗社とみたらし池——みたらし団子発祥の聖なる泉

下鴨神社の東側に位置する御手洗社(みたらししゃ)は、井上社とも呼ばれる小さな社です。この社の前に湧く「みたらし池(御手洗池)」は、土用の丑の日に足をつけると無病息災のご利益があるとされ、毎年7月の「御手洗祭(みたらしまつり)」には池に足をつけて清める「足つけ神事」に数万人もの参拝者が訪れます。膝までの冷たい水に浸かりながらロウソクを献灯する光景は、京都の夏の風物詩として広く親しまれています。

そして、このみたらし池こそが「みたらし団子」発祥の地なのです。伝承によれば、後醍醐天皇が下鴨神社に行幸された際、みたらし池で手を清めたところ、水の中から最初に大きな泡が一つ浮かび上がり、続いて小さな泡が4つ連なって出てきたそうです。この「1つ+4つ」の泡の姿を模して作られたのがみたらし団子の原型であるといわれています。5つの団子は人間の五体(頭と四肢)を表しているという説もあり、もともとは厄除けの意味を持つ供物でした。

下鴨神社の門前には、みたらし団子の老舗「加茂みたらし茶屋」があり、焦げ目のついた素朴な団子に甘辛い醤油だれがかかった伝統のみたらし団子を味わうことができます。一串5個の団子のうち、先頭の1個だけが少し離れて刺されているのは、みたらし池の泡の伝承を再現したものです。参拝後にぜひ立ち寄って、下鴨神社ゆかりの味を楽しんでみてください。

4. 言社(ことしゃ)——十二支の守護社

下鴨神社の本殿前には、「言社(ことしゃ)」と呼ばれる7つの小さな社が並んでいます。これらの社には大国主命(おおくにぬしのみこと)の7つの異なる御神名が祀られ、それぞれが十二支の守護神として参拝者を守護しています。自分の干支の社を見つけてお参りする「干支参り」は、下鴨神社ならではの参拝体験として人気を集めています。

7社で十二支すべてをカバーしているのは、一つの社が複数の干支を守護しているためです。例えば、大己貴神(おおなむちのかみ)を祀る社は巳年と未年の守護社というように、十二支が7社に割り振られています。参拝者は自分の生まれ年の干支に対応する社を探してお参りしますが、干支の案内板が設置されているので迷うことはありません。

言社での参拝は、下鴨神社の本殿にお参りした後に巡るのが一般的です。7社すべてを巡ることもできますが、まずは自分の干支の社を見つけてしっかりとお参りするのがおすすめです。お正月にはその年の干支の社に参拝する人が特に多く、新年の開運を願う参拝者で賑わいます。自分だけの「マイ守護社」を見つけるという体験は、下鴨神社ならではの楽しみ方です。

下鴨神社の言社(ことしゃ)、7つの小さな社が並ぶ風景と干支の案内板

5. 流鏑馬(やぶさめ)の馬場と葵祭——平安の雅を今に伝える

糺の森の中には、全長約500メートルの馬場が設けられています。ここは毎年5月3日に行われる「流鏑馬(やぶさめ)神事」の舞台です。流鏑馬とは、疾走する馬上から矢で的を射る武芸で、下鴨神社の流鏑馬は葵祭に先立つ重要な前儀として位置づけられています。騎手が伝統的な装束に身を包み、猛スピードで駆ける馬上から次々と的を射抜く姿は迫力満点で、毎年多くの見物客が詰めかけます。

そして5月15日に行われる葵祭は、京都三大祭の中でも最も古い歴史を持つ祭礼です。正式には「賀茂祭」と呼ばれ、平安時代には単に「祭り」といえば葵祭を指すほどの格式を持っていました。約500名の行列が京都御所から下鴨神社、そして上賀茂神社へと向かう「路頭の儀(ろとうのぎ)」では、十二単に身を包んだ斎王代(さいおうだい)をはじめ、平安装束をまとった人々が都大路を練り歩きます。牛車や馬に乗った貴族たちの行列は、まるで時代絵巻から抜け出してきたかのような光景です。

葵祭の名前の由来は、行列の人々や牛車を二葉葵(ふたばあおい)の葉で飾ることにあります。下鴨神社の境内で行われる「社頭の儀(しゃとうのぎ)」では、勅使による祭文の奏上や舞楽の奉納が行われ、1,400年以上続く祭祀の伝統が厳かに受け継がれます。伏見稲荷大社の稲荷祭や祇園の祇園祭とはまた異なる、王朝文化の雅を体感できる京都ならではの祭礼です。

周辺の観光スポット

上賀茂神社(賀茂別雷神社)——賀茂社のもう一つの聖域

下鴨神社から北へ約3キロメートル、賀茂川沿いを上流に向かった場所に鎮座する上賀茂神社は、下鴨神社とともに「賀茂社」を構成するもう一つの世界遺産です。正式名称は「賀茂別雷神社(かもわけいかづちじんじゃ)」で、下鴨神社の御祭神・玉依媛命の子である賀茂別雷大神を祀っています。つまり下鴨神社が「親」を祀り、上賀茂神社が「子」を祀るという関係にあり、両社を合わせて参拝することで賀茂氏の神話の全体像を理解することができます。

上賀茂神社へは市バス4系統で約15分、あるいは賀茂川沿いの遊歩道を歩いて約40分で到着します。国宝の本殿・権殿や、神聖な円錐形の砂山「立砂」など、下鴨神社とはまた異なる独自の見どころが豊富です。葵祭の行列が下鴨神社から上賀茂神社へ向かうルートを、実際に歩いてたどってみるのも趣深い体験です。

京都御所——皇室の歴史と優雅な庭園

下鴨神社から南へ約2キロメートル、バスで約10分の場所にある京都御所は、明治維新まで約500年間にわたり天皇が居住した皇室の宮殿です。現在は宮内庁が管理し、通年で無料公開されています。紫宸殿(ししんでん)や清涼殿、御池庭など、平安時代の宮廷建築の雅を今に伝える建物群は圧巻です。

下鴨神社と京都御所はともに皇室と深い結びつきを持つ場所であり、両方を訪れることで京都における天皇と神道の関係をより深く理解できます。葵祭の行列も京都御所を出発点としており、歴史的にも密接なつながりがあります。京都御苑の広大な公園は市民の憩いの場でもあり、嵐山とはまた違った京都の自然を楽しむことができます。

出町ふたば——行列のできる老舗和菓子店

下鴨神社から南へ徒歩約10分、出町柳駅の近くにある「出町ふたば」は、明治32年(1899年)創業の老舗和菓子店です。名物の「名代豆餅(なだいまめもち)」は、柔らかい餅の中にたっぷりの粒あんと赤えんどう豆が入った逸品で、その素朴でありながら洗練された味わいは京都土産の定番として不動の人気を誇ります。

開店前から行列ができることも珍しくない人気店ですが、回転が早いので待ち時間は15〜30分程度です。下鴨神社の参拝後に賀茂川沿いを歩いて向かえば、ちょうどよい散歩コースになります。豆餅は当日中が賞味期限のため、お土産として購入する場合は帰る日の午前中に買うのがおすすめです。出町柳駅周辺には他にも建仁寺方面へ向かうバスも発着しており、京都観光の拠点としても便利な場所です。

アクセス方法

電車でのアクセス

  • 京阪電車:出町柳駅より徒歩約12分(最もおすすめ)
  • JR京都駅から:JR奈良線で東福寺駅乗り換え → 京阪電車で出町柳駅(約30分)
  • 阪急電車:河原町駅より市バス4系統・205系統で約15分「下鴨神社前」下車

バスでのアクセス

  • 京都市バス4系統・205系統「下鴨神社前」下車すぐ
  • 京都市バス1系統「下鴨神社前」下車すぐ
  • JR京都駅から市バス4系統で約30分「下鴨神社前」下車
  • JR京都駅から市バス205系統で約25分「下鴨神社前」下車

車でのアクセス

  • 名神高速道路 京都東ICから約25分
  • 下鴨神社西駐車場:約150台(30分200円)
  • 葵祭や初詣期間中は駐車場が非常に混雑するため、公共交通機関の利用を推奨

おすすめのアクセス方法

下鴨神社へのアクセスは、京阪電車の出町柳駅を利用するのが最も便利です。出町柳駅は京阪本線の終着駅で、大阪方面からの直通列車も停車します。駅を出て賀茂川と高野川の合流地点を渡り、糺の森の参道へと入っていく道のりは、下鴨神社参拝のプロローグとして最適です。参道を歩いて約12分で楼門に到着します。JR京都駅からは市バスが複数系統運行されており、4系統または205系統で「下鴨神社前」まで約25〜30分です。上賀茂神社と合わせて訪れる場合は、市バス4系統が両社を結んでいるため大変便利です。

まとめ

下鴨神社は、約2,600年の歴史を持つ京都最古級の神社であり、太古の原生林・糺の森、縁結びの相生社、みたらし団子発祥のみたらし池、壮大な葵祭と流鏑馬など、他の神社にはない唯一無二の魅力に満ちた世界遺産です。国宝の東本殿・西本殿をはじめとする53棟もの重要文化財が残る境内は、まさに平安時代の信仰と文化の生きた博物館といえるでしょう。

上賀茂神社と合わせた「賀茂社巡り」はもちろん、南禅寺龍安寺など京都の名所を巡るコースの一環としても、下鴨神社は外せないスポットです。糺の森の木漏れ日の中を歩き、太古から変わらぬ聖域の空気を全身で感じる——そんな特別な体験を、ぜひ下鴨神社で味わってみてください。

よくある質問

1

A.糺の森の参道を歩いて境内を一通り巡る場合、約1時間〜1時間半が目安です。大炊殿の特別公開や相生社での縁結び参拝をじっくり行う場合は2時間程度、糺の森をゆっくり散策したい方は半日ほど確保するのがおすすめです。

2

A.境内の参拝は無料です。大炊殿の特別公開は大人500円、縁結びの絵馬は500円、御手洗祭の足つけ神事は300円(ロウソク代含む)です。

3

A.特におすすめは5月と夏です。5月3日の流鏑馬神事と5月15日の葵祭は最大のハイライトで、7月の御手洗祭も夏の風物詩として人気です。糺の森の紅葉は12月上旬で他よりやや遅く、紅葉シーズンの穴場としてもおすすめです。

4

A.下鴨神社門前の「加茂みたらし茶屋」が発祥の地として知られています。5個の団子のうち先頭の1個だけが離れた独特の形状で、みたらし池の泡の伝承を再現しています。営業時間は9:30〜18:00頃で、売り切れの場合もあるため早めの訪問をおすすめします。

5

A.はい、境内の相生社は京都屈指の縁結びスポットです。御神木の「連理の賢木」は2本の木が1本に結合した珍しい姿で縁結びの象徴。縁結び絵馬(500円)を持って社の周りを3周する独特の参拝方法があります。

Photo: Wikimedia Commons (Public domain) / Grendelkhan (CC BY-SA 4.0) / Cun Cun (CC BY-SA 4.0)