はじめに
東京の下町・文京区に足を踏み入れると、都会の喧騒からすっと切り離されるような静寂が待っています。根津神社の参道を歩き始めると、鮮やかな朱色の鳥居が連なる「千本鳥居」のトンネルが目に飛び込んできます。京都の伏見稲荷大社が有名ですが、東京にも負けない鳥居の回廊があることを知る人はまだ多くありません。根津神社の「つつじ苑」の中を縫うように続くその光景は、江戸の面影を色濃く残す文京区の中でひときわ異彩を放っています。
根津神社はいまから約1,900年前、日本武尊(やまとたけるのみこと)が創建したと伝えられる、東京でも屈指の歴史を誇る神社です。元禄16年(1703年)には第五代将軍・徳川綱吉が現在の社殿を造営し、その際の建築群7棟がすべて現存しています。唐門・楼門・拝殿・本殿・透塀・西門・東門の7棟は国の重要文化財に指定されており、東京都内で江戸時代の神社建築をこれだけまとまった形で見られる場所は、根津神社をおいてほかにありません。年間参拝者数は約200万人を数え、特に4〜5月の「文京つつじまつり」の期間中は約100種3,000株のツツジが咲き誇り、境内が赤・ピンク・白・紫の花に染め上げられます。
この記事では、根津神社の誕生から現代に至るまでの約1,900年の歴史を詳しく掘り下げます。徳川将軍家との深い縁、江戸時代の社殿建築の見どころ、文豪・夏目漱石が愛した境内の風景、そして春爛漫のツツジまつりまで、根津神社の魅力を余すところなくお伝えします。アクセス方法や周辺の観光スポットも合わせてご案内しますので、東京散策の計画にぜひお役立てください。

根津神社の概要
根津神社は東京都文京区根津1丁目に鎮座する、東京十社のひとつに数えられる神社です。正式名称は「根津神社」ですが、地元では古くから「根津権現」と親しまれてきました。主祭神は建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)、大山咋命(おおやまくいのみこと)、誉田別命(ほんだわけのみこと)の三柱で、縁結び・厄除け・商売繁盛などのご利益があるとされています。東京十社の他の社としては、靖国神社や明治神宮なども都内を代表する神社として知られています。
| 正式名称 | 根津神社 |
|---|---|
| 所在地 | 東京都文京区根津1-28-9 |
| 主祭神 | 建速須佐之男命・大山咋命・誉田別命 |
| 社格 | 旧府社・東京十社 |
| 創建 | 景行天皇の時代(約1,900年前) |
| 参拝時間 | 6:00〜17:00(つつじまつり期間中は延長あり) |
| 拝観料 | 境内無料(つつじ苑入苑料:大人200円、子ども100円) |
| 定休日 | 年中無休 |
| 電話番号 | 03-3822-0753 |
※最新の参拝時間・料金は根津神社公式サイトをご確認ください。
根津神社が位置する文京区根津は、東京大学の赤門から徒歩10分ほどの場所にあります。東京メトロ千代田線の根津駅から徒歩約5分、南北線・東大前駅からも徒歩約10分とアクセスも良好です。境内面積は約1万6,000平方メートル。決して広大とは言えませんが、唐門・楼門・拝殿・本殿・透塀という江戸時代の本格的な神社建築が密度高く配置されており、コンパクトながら非常に見応えがあります。
「数字で語る根津神社」として特筆すべきは、国指定重要文化財7棟という事実です。東京都内の神社で、これだけの江戸時代建築が現存する例はきわめて稀です。また境内のつつじ苑には約100種3,000株のツツジが植えられており、毎年4月中旬〜5月上旬に開催される「文京つつじまつり」には約30万人が訪れます。年間参拝者数は平時でも約200万人を超え、正月三が日には約30万人が初詣に訪れる、東京東部を代表する大社です。都内の大規模神社としては明治神宮(初詣参拝者数日本一)や皇居周辺の護国神社なども有名ですが、根津神社はスケールより「質の深さ」で際立っています。

根津神社の歴史
第1期 — 創建の背景(景行天皇〜奈良時代)
根津神社の起源は、今からおよそ1,900年前にさかのぼります。第12代景行天皇の御代に、日本武尊(ヤマトタケル)が東征の途上に千駄木の地(現在の文京区千駄木付近)に須佐之男命を祀ったことが根津神社の始まりとされています。日本武尊は記紀神話の英雄で、九州の熊曾征伐から始まり、東国の蝦夷平定へと続く長い遠征の末に命を落とした悲劇の皇子です。その遠征の道中、武勲を守護した神への感謝として社を建てたという伝承は、根津神社が持つ歴史の深さを端的に物語っています。
創建地とされる千駄木は、現在の根津神社から北西に約500メートルほどの場所にあたります。当時の社の規模や正確な位置については史料が乏しく、詳細は明らかではありません。しかし「ネヅ」という地名がアイヌ語の「根津(ネツ)」すなわち「沼地の岬」に由来するという説もあり、この一帯が古代から人々の生活と信仰に深く結びついた場所であったことがうかがえます。
奈良時代に入ると、根津の社は文京区一帯の鎮守として信仰を集めるようになりました。この時代の史料はほとんど残っていませんが、平安時代に成立した「延喜式神名帳」には、武蔵国豊島郡の神社として記録されており、朝廷からも公認された社格を持っていたことがわかります。千年を超える記録のある神社として、根津神社は東京の地に深く根を張り始めていたのです。
日本武尊の創建伝承は、単なる神話的な箔付けではなく、この土地と皇室・武家との縁がいかに古くから培われてきたかを示す重要な指標です。後の江戸時代に徳川将軍家がこの社を篤く崇敬するようになる背景には、こうした古代からの歴史的権威があったと考えられます。
第2期 — 中世の隆盛(平安〜室町時代)
平安時代後期から鎌倉時代にかけて、根津神社は関東の武家勢力と深く結びつくことで発展を遂げます。源氏の棟梁・源頼朝が鎌倉に幕府を開くと、武家の信仰の中心は八幡神(武神)へと移りましたが、根津神社はその素戔嗚尊(須佐之男命)を祭神とすることから、武家の厄除け・勝利祈願の社として引き続き崇敬されました。
鎌倉時代には、根津の地が武蔵国の有力武士団の勢力圏に入り、社殿の整備が進んだと考えられています。同時期、隣接する谷中・上野一帯でも寺社の整備が進み、根津は江戸(東京)東北部における宗教的・文化的な核として機能するようになりました。この頃から「根津権現」という通称が広まり、地域の鎮守としての性格が強まっていきます。
室町時代には、応仁の乱に代表される戦国の動乱が地方にまで波及し、関東の神社仏閣も戦火を免れることができませんでした。記録によれば、根津神社も15〜16世紀の戦乱期に社殿が焼失・荒廃するなどの困難に見舞われています。しかし地域の民衆の信仰は途絶えることなく続き、「根津権現」への崇敬は江戸時代への橋渡しとなる礎を形成していきました。
中世を通じて根津神社が生き延びた背景には、地域住民の根強い信仰心に加え、この地が江戸の地勢上重要な位置にあったことも挙げられます。上野の山の南麓、不忍池の北東に位置するこの一帯は、江戸城から見て鬼門(東北)の方角を守る「鬼門鎮護」の役割を担う神社として意識されるようになり、これが後の徳川将軍家による庇護につながっていきます。
第3期 — 江戸時代初期と徳川将軍家との縁(17世紀)
根津神社の歴史において最大の転機は、江戸時代初期に訪れます。徳川家康が江戸に幕府を開くと(1603年)、江戸城の鬼門(東北)守護という役割がクローズアップされ、上野寛永寺・湯島聖堂などとともに根津神社も徳川幕府の庇護を受けるようになります。
特に重要なのが、五代将軍・徳川綱吉との縁です。綱吉には長男・徳松があり、徳松が幼少の頃に根津神社の神官が徳松の健康回復を祈願したと伝えられています。しかし徳松は延宝8年(1680年)にわずか5歳で夭折し、綱吉は後継者を失う悲劇に見舞われました。それでも綱吉は根津神社への崇敬を忘れませんでした。元禄2年(1689年)には、甥の綱豊(後の六代将軍・家宣)を世継ぎに定め、綱豊の屋敷があった根津の地に広大な神域を整備し始めます。
元禄15年(1702年)、綱豊が西の丸(江戸城内の将軍世継ぎの居所)に移ることが決まると、綱吉はその記念として根津神社の大規模な造営を命じます。以後約2年をかけて建設が進められ、元禄16年(1703年)に現在の社殿が完成しました。この造営には工費だけで金7,000両以上が投じられたとされ、国を挙げての一大事業でした。完成した社殿は唐門・楼門・拝殿・本殿・透塀・西門・東門の7棟から成り、いずれも江戸時代の最高の技術を結集した豪壮な建築です。
第4期 — 元禄の繁栄と江戸庶民の信仰(18〜19世紀)
元禄16年(1703年)に現在の社殿が完成した根津神社は、以後200年以上にわたって江戸・東京の人々の信仰を集め続けます。元禄時代は、徳川綱吉の治世のもとで「元禄文化」が花開いた時代です。町人文化が栄え、歌舞伎・浮世絵・俳諧が大きく発展した一方、寺社への参詣(いわゆる「お参り観光」)も一大ブームとなりました。
根津神社の「根津権現祭礼」は江戸三大祭礼のひとつに数えられるほど盛大なもので、山車(だし)行列や神輿渡御には根津一帯の住民だけでなく、遠方から大勢の江戸庶民が詰めかけました。境内には多くの茶屋・出店が立ち並び、神社の参道から根津の街全体が祭り一色に染まる様子は、葛飾北斎や歌川広重の浮世絵にも描かれています。
江戸の街が発展するにつれ、根津神社周辺も賑わいを増していきました。18世紀後半には「根津遊郭」が社の北東側に設置され(後に浅草に移転)、根津の街は文化・商業の集積地として江戸でも指折りの繁華な地区となります。この時代の根津の風景は、夏目漱石の小説「三四郎」に描かれる東京大学周辺の文化的雰囲気の原型ともなっています。
明治維新(1868年)後、根津神社は「根津権現」から「根津神社」に名称を改め、旧府社(東京府の管理する神社)に列せられました。明治政府の神仏分離令により境内の仏教的要素が排除されましたが、社殿そのものは手を加えられることなく保存され、元禄時代の姿を現代まで伝えることができました。

第5期 — 近現代:文豪と過ごした根津、そして現代へ
明治後期から大正・昭和にかけて、根津神社の周辺は文学者・知識人が集まる「文化の街」として独自の発展を遂げます。その象徴的な存在が、文豪・夏目漱石です。漱石は明治36年(1903年)から4年間、根津神社からほど近い千駄木に居を構えました(現在は「漱石山房記念館」近く)。漱石の代表作「三四郎」(1908年)には、主人公が「根津権現」(根津神社)を訪れる場面が登場し、明治の根津の風景が生き生きと描かれています。
また、明治の文学者コミュニティ「団子坂界隈」として、森鴎外(鴎外は根津から近い千駄木に居住)、正岡子規なども根津・谷中・本郷の三角地帯を歩き、この一帯の文化的土壌を育てました。根津神社はそうした文学者たちの散歩道・思索の場として機能し、近代日本文学の記憶を境内に宿しています。
昭和の戦争期には、東京大空襲(1945年3月)で根津周辺にも被害が及びましたが、根津神社の社殿は奇跡的に焼失を免れました。戦後復興が進む中、1955年(昭和30年)に社殿7棟が国の重要文化財に指定され、江戸時代の建築遺産としての価値が公式に認められます。
現代の根津神社は、下町情緒あふれる文京区の名所として、また「文京つつじまつり」の会場として広く知られています。2000年代以降はインターネットやSNSを通じて国内外に情報が広まり、千本鳥居とツツジの組み合わせは「東京の隠れた絶景スポット」として外国人観光客にも人気を博しています。2023年には参拝者が年間200万人を超え、かつての江戸の「根津権現」は新時代の東京観光地として再び注目を集めているのです。
見どころ・おすすめスポット
根津神社の境内はコンパクトながら、見どころが凝縮されています。江戸時代の建築美から季節の花まで、見逃せないスポットを5つご紹介します。
1. 唐門・楼門——江戸の粋を集めた国宝級建築
根津神社を訪れたとき、最初に迎えてくれる建築物が楼門(ろうもん)です。元禄16年(1703年)建立の楼門は高さ約8メートル、朱塗りの柱と白漆喰の壁が鮮やかなコントラストを成し、上層部には「根津神社」と書かれた扁額が掲げられています。楼門の屋根は入母屋造(いりもやづくり)で、軒先の反りが優美な弧を描いており、江戸初期の神社建築の様式美を今に伝えます。
楼門をくぐると正面に現れるのが唐門(からもん)です。唐門は本殿への参道の入口を示す格式高い門で、中国大陸から伝わった「唐破風(からはふ)」屋根を持つ豪壮な建物です。正面には精緻な彫刻が施されており、向かって左側に龍、右側に鳳凰が見事な出来栄えで刻まれています。特に唐門の彫刻は、江戸時代初期の最高水準の彫刻技術を示すものとして評価が高く、細部まで丁寧に観察するほど新たな発見があります。
楼門・唐門ともに国の重要文化財に指定されています。正面からだけでなく、横・裏から見ると異なる美しさが楽しめます。特に早朝の参拝時、朝日に照らされた朱塗りの楼門が金色に輝く光景は格別の美しさです。人が少ない平日の朝に訪れると、江戸の空気を独り占めする贅沢なひとときを過ごせます。写真を撮るなら、楼門の正面から少し引いた位置が全体を収めやすく、おすすめです。
2. 本殿・拝殿——元禄建築の最高峰
唐門の奥に鎮座する本殿と拝殿は、根津神社の中心をなす建物です。元禄16年(1703年)に建てられた本殿は「権現造(ごんげんづくり)」と呼ばれる様式で建てられています。権現造は、本殿・幣殿・拝殿を「石の間(いしのま)」でつないだ一体型の建築様式で、日光東照宮や久能山東照宮などに代表される、江戸時代の神社建築を特徴づける様式です。
根津神社の本殿は、東京都内に現存する江戸時代の本殿建築の中でも最大級の規模を誇ります。屋根は檜皮葺(ひわだぶき)で、苔むした屋根が古木の緑と溶け合い、深い時代の重みを感じさせます。本殿の内部は通常非公開ですが、拝殿の格子越しに金色に輝く本殿内陣を垣間見ることができます。厳粛な雰囲気の中でお参りすると、1,900年の歴史が体に染み渡るような感覚を覚えるでしょう。
拝殿は本殿に向かい合うように建ち、参拝者が礼拝するための建物です。拝殿の正面には、元禄時代の技巧を凝らした彫刻パネルが並んでいます。色鮮やかな彩色を施された龍や植物の文様は、300年以上の時を経た今も美しさを保っており、当時の宮大工の腕前と素材への こだわりを如実に物語っています。参拝後は少し立ち止まり、彫刻の細部をじっくり観察してみてください。
本殿の背後には透塀(すきべい)が取り囲んでおり、本殿・拝殿・透塀がひとつの完結した聖域を形成しています。透塀は格子状の透かし模様が入った塀で、江戸時代の社寺建築に特有の意匠です。本殿・拝殿・透塀の3棟はいずれも国の重要文化財であり、根津神社の7棟の中でも最も重要な中核をなしています。
3. つつじ苑——100種3,000株が咲き誇る花の楽園
根津神社が年間で最も多くの訪問者を集めるのが、境内南側の斜面に広がる「つつじ苑」です。約6,000平方メートルの斜面には約100種3,000株のツツジが植えられており、毎年4月中旬から5月上旬に開催される「文京つつじまつり」の期間中には赤・ピンク・白・紫・オレンジなど色とりどりの花が一斉に開花し、境内全体を花の絨毯で覆います。
つつじ苑の最大の見どころは、「千本鳥居」との組み合わせです。斜面の上段には稲荷社への参道として朱塗りの鳥居がトンネル状に連なっており、その足元にツツジが咲き誇る光景は、圧倒的な色彩の饗宴を生み出します。特に鳥居のトンネルをくぐり、振り返ってつつじ苑全体を見渡した瞬間の眺めは圧巻で、SNS映えするスポットとして国内外に広く知られています。
つつじまつりの期間中は、つつじ苑への入苑に大人200円・子ども100円の料金がかかります。期間中の休日は大変混雑するため、できれば平日の午前中に訪れることをおすすめします。また、見頃は年によって多少前後するため、文京区観光協会やSNSで最新情報を確認してから訪問すると確実です。ツツジが終わると苑は閉鎖されますが、緑に覆われた斜面はそれはそれで涼しげな美しさがあります。
4. 千本鳥居(乙女稲荷・駒込稲荷)——朱色のトンネルと下町の縁結び
根津神社のつつじ苑の中を縫うように登る朱色の鳥居のトンネルは、「千本鳥居」と呼ばれています。実際の数は百数十本ほどですが、連続して並ぶ鳥居が斜面に沿って弧を描きながら続く光景は「千本」と感じさせるに十分なインパクトがあります。
千本鳥居の先には2社の稲荷社が鎮座しています。つつじ苑の上段に位置する「乙女稲荷神社」と、境内の北側に鎮座する「駒込稲荷神社」です。乙女稲荷神社は縁結びのご利益で知られ、良縁を願う若い女性の参拝者に特に人気があります。鳥居の朱色が夕陽に照らされる夕方の時間帯には、幻想的な雰囲気が増し、日中とはまた異なる美しい写真が撮れます。
駒込稲荷神社は、かつて駒込村に鎮座していた稲荷社が根津神社の境内に遷座したものです。境内の奥まった場所にひっそりと建つ社殿は、千本鳥居の喧騒を離れた静けさがあり、地元の人々がひっそりとお参りする、下町らしい素朴な雰囲気が残っています。根津神社参拝の際には、2つの稲荷社も合わせて巡ってみてください。2社に参拝することで、縁結び・商売繁盛・五穀豊穣の三つのご利益が得られるとも言われています。
5. 社叢(しゃそう)と境内の自然——都会のなかの緑の聖域
根津神社の魅力は、建築や花だけではありません。境内を取り囲む「社叢(しゃそう)」——神社の森も、訪れる人を癒やす大切な存在です。楼門を入って左側から本殿の裏手にかけて、大きなケヤキ・クスノキ・スダジイなどの古木が天を覆うように茂り、木漏れ日の中を歩くだけで心が落ち着きます。
夏目漱石が「三四郎」の中で描いた「根津権現の森」は、現在の社叢がその直接の面影を残しています。漱石が百年以上前に眺めたのと同じ木々が、今も境内に立っている——そう考えると、文学的な想像力が広がります。文京区はかつて「文豪の街」として多くの作家が居住した土地であり、根津神社の境内はそうした文学的記憶の集積地でもあります。
境内の参道沿いには、さりげなく手水舎(てみずや)が置かれています。根津神社の手水舎は龍の口から水が流れる伝統的なスタイルで、コロナ禍以降は感染防止のため流水式に改修されました。参拝前に手と口を清めるこの作法は、日本の神社文化を体感する最初の一歩です。外国人観光客が手水の作法に挑戦する姿も、最近は根津神社の日常的な風景となっています。四季それぞれに境内の自然は表情を変え、春のツツジ、初夏の青葉、秋の黄葉、冬の静寂と、何度訪れても新しい発見がある空間です。
周辺の観光スポット
谷中・千駄木エリア——「谷根千」の下町散歩
根津神社から徒歩圏内に広がる「谷根千(やねせん)」エリア——谷中・根津・千駄木の三つの下町——は、東京の中でも明治・大正・昭和の雰囲気が色濃く残る散歩の街として人気です。根津神社から北西に歩くと、谷中銀座商店街の細長い路地に入ります。昭和レトロなたたずまいの商店が並ぶ谷中銀座は、コロッケや焼き鳥などの食べ歩きグルメで有名で、週末には多くの人で賑わいます。
さらに歩を進めると、谷中霊園があります。明治時代に整備されたこの霊園には、渋沢栄一・徳川慶喜・横山大観など歴史上の著名人の墓が多数あり、桜の名所としても知られています。霊園の中を散策しながら歴史の重みを感じる、谷中ならではの文化体験です。東京都内でこれほどの下町情緒を保ちながら観光地化も程よく進んでいる場所は少なく、「本物の東京」を味わいたい旅行者に特におすすめです。アメ横のような大型商業観光地とは異なる、穏やかな時間が流れる空間です。
上野エリア——東京最大の文化ゾーン
根津神社から南西に徒歩約15分、または東京メトロで1駅の上野は、東京を代表する文化・観光の集積地です。上野公園内には東京国立博物館・国立西洋美術館(世界遺産)・国立科学博物館・東京都美術館・上野動物園など、日本最大の博物館・美術館群が集まっています。根津神社で江戸建築の美を堪能した後、上野の美術館・博物館で日本の美術・歴史をさらに深く探求するのは、文京区から上野へと続く「文化ロード」の理想的な過ごし方です。
上野公園の不忍池では、夏に蓮の花が見事に咲き誇ります。池を取り囲む弁天堂と蓮の花の組み合わせは、江戸時代から続く東京の夏の風物詩です。根津神社から上野公園へは、千駄木・団子坂を経由する下町散歩コースも楽しく、文京区の魅力を存分に味わえます。また、アメ横商店街は上野から徒歩圏内にあり、活気ある商店街でショッピングやグルメも楽しめます。
湯島天満宮(湯島天神)——学問の神様と梅の名所
根津神社から南に徒歩約15分、または東京メトロ千代田線の湯島駅から徒歩約2分の場所にある湯島天満宮(湯島天神)は、学問の神様・菅原道真を祀る神社です。受験シーズンになると合格祈願の受験生や親御さんで境内が埋め尽くされることでも有名で、毎年数十万人が訪れます。
湯島天神の見どころは、2月〜3月に満開となる梅林です。境内には約300本の梅の木があり、白梅を中心に清楚な花が咲き誇る「湯島天神梅まつり」は、毎年2月中旬〜3月上旬に開催されます。根津神社のつつじ(4〜5月)と湯島天神の梅(2〜3月)を組み合わせると、春から初夏にかけての文京区の花めぐりが完成します。また、湯島天神は江戸時代から「江戸の三天神」のひとつとして庶民の信仰を集めており、根津神社とともに「江戸の神社巡り」を楽しめます。靖国神社も徒歩圏ではないものの同じ都心エリアにあり、東京の神社を巡る1日旅に最適です。
アクセス方法
根津神社へのアクセスは、東京メトロを利用するのが最も便利です。主なアクセス方法をご紹介します。
東京メトロ千代田線「根津駅」より:1番出口から徒歩約5分。最もわかりやすいルートで、改札を出て地上に上がると根津神社の案内板が見えます。駅から神社への道は平坦で、荷物が多くても安心です。
東京メトロ南北線・東大前駅より:1番出口から徒歩約10分。東京大学の赤門前を通るルートで、キャンパスの風景を楽しみながら歩けます。
東京メトロ千代田線「千駄木駅」より:2番出口から徒歩約7分。谷中・千駄木エリアからの散歩を兼ねる場合に便利です。
JR「上野駅」「日暮里駅」より:上野駅から徒歩約20分、または上野公園を抜けて谷中霊園経由で徒歩約25分。日暮里駅からは谷中銀座を経由して徒歩約20分。下町散歩を兼ねる場合に特におすすめのルートです。
車でのアクセス:境内に駐車場はありません。周辺のコインパーキングを利用することになりますが、つつじまつりの期間中は周辺道路が混雑するため、公共交通機関のご利用を強くおすすめします。
根津神社の所在地は、東京都文京区根津1-28-9です。境内への入場は24時間可能ですが、拝殿・社務所の営業時間は6:00〜17:00です(つつじまつりの時期は延長あり)。御朱印の受付時間は9:00〜16:00となっています。
まとめ
根津神社は、約1,900年の歴史と徳川将軍家の庇護のもとで磨かれた江戸建築の美、そして毎年春に境内を彩るツツジの花が一体となった、東京屈指の神社です。国の重要文化財7棟が現存する境内は、江戸時代の空気をそのまま閉じ込めたタイムカプセルのようであり、都会の真ん中にいることを一瞬忘れさせてくれます。
谷中・千駄木の下町散歩とセットにすれば、東京の「本物の顔」に触れる忘れられない1日になるでしょう。歴史好きにも、建築好きにも、花の美しさを求める方にも、さらには文学的な感性を持つ方にも、根津神社は必ず何かを与えてくれます。ぜひ東京を訪れた際には、根津神社を旅程に加えてみてください。
よくある質問(FAQ)
- Q1. 根津神社への入場は無料ですか?
- 境内への入場は無料です。ただし、つつじ苑(つつじまつりの期間中のみ開苑)には入苑料として大人200円・子ども100円がかかります。
- Q2. つつじまつりはいつ開催されますか?
- 例年4月中旬〜5月上旬に開催されます。見頃は年によって前後するため、文京区観光協会の公式サイトや根津神社のSNSで最新情報をご確認ください。
- Q3. 根津神社の御朱印はもらえますか?
- 境内の社務所にて御朱印をいただけます。受付時間は9:00〜16:00です。通常の御朱印のほか、季節限定の御朱印も頒布されることがあります。
- Q4. 社殿の重要文化財は何棟ありますか?
- 楼門・唐門・本殿・拝殿・透塀・西門・東門の7棟が国の重要文化財に指定されています。これらは元禄16年(1703年)に五代将軍・徳川綱吉の命で造営されたものです。
- Q5. 根津神社周辺でランチを食べるならどこがおすすめですか?
- 根津・千駄木・谷中エリアには個性的なカフェや蕎麦屋・和食店が充実しています。谷中銀座の食べ歩きグルメも人気で、コロッケ・焼き鳥・どら焼きなどが楽しめます。境内から徒歩5分以内にも複数のカフェがあります。


