🕓 2025/2/11
#観光地
目次
青森県のいくべき観光地スポット 3選
ー 青森県(あおもり)とは? ー
青森県は、日本の最北の本州に位置する魅力あふれるエリアです。その豊かな自然と独特の歴史が海外観光客に大変魅力的です。
古代から陸奥(むつ)として知られ、本州と北海道との交流の要所でした。青森県はまた、奥州藤原氏による平泉文化が栄えた北東北地方の文化の中心地であり、津軽藩と南部藩という二つの大名によって独自の文化が育まれました。
青森県は、その美しい風景をはじめ、世界遺産にも登録されている白神山地や奥入瀬渓流、五能線沿いの絶景など、訪れる観光客を魅了します。また、地元の食材を活かした郷土料理や伝統工芸品も観光の楽しみの一つです。
1. 四季折々の美しい名城|弘前城
● 弘前城の魅力
弘前城は、青森県弘前市に位置する歴史的な名城であり、その多彩な魅力で訪れる人々を魅了しています。1611年(に津軽為信の子、津軽信枚によって築城されました。天守は、江戸時代から現存する国内に12基しかない貴重な建築物の一つであり、東北地方では唯一の現存天守として国の重要文化財に指定されています。
大きな魅力の一つは、四季折々の自然美です。特に春には、弘前公園内に約2,600本の桜が咲き誇り、「弘前さくらまつり」が開催され、多くの観光客で賑わいます。 また、秋には紅葉、冬には雪景色と、季節ごとに異なる美しい風景を楽しむことができます。
さらに、城内には築城当時からの五つの城門や三つの櫓、堀や土塁などが当時のまま残っており、歴史的価値が高いとされています。 これらの遺構を巡ることで、江戸時代の面影を感じることができます。
● 弘前城の歴史
弘前城は、江戸時代には弘前藩津軽氏の居城として、津軽地方の政治・経済の中心地でした。 1603年、為信は高岡(現在の弘前市)に新たな城の築城を計画しましたが、京都で客死し、築城は中断しました。 その後、2代藩主が築城を再開し、1611年に五層の天守を持つ高岡城(後の弘前城)が完成しました。
弘前城の天守は落雷により焼失しました。 当時、武家諸法度により新たな天守の建築が制限されていたため、約200年間、天守は再建されませんでした。 しかし、9代藩主・津軽寧親は、幕府の許可を得て、櫓の再建として三層の天守を再建しました。
明治維新後、廃藩置県により弘前城は政府の所有となり、陸軍の駐屯地として使用されました。 その後、津軽家から政府に寄贈され、翌年から一般公開される公園として整備されました。
● 弘前城のアクセス
- 住所: 青森県弘前市大字下白銀町1
- Google Mapsリンク: 弘前城
- 徒歩でのアクセス: 弘前駅から約20分
- 電車・バス情報: 弘前駅から弘前バスターミナルを利用し、弘前公園前バス停で下車、徒歩約5分
● 酸ヶ湯温泉の魅力
酸ヶ湯温泉(すかゆおんせん)は、青森県青森市の八甲田山中腹、標高約900メートルに位置する歴史ある温泉地です。江戸時代から湯治場として親しまれ、現在も多くの人々に愛されています。象徴ともいえるのが、総ヒバ造りで160畳もの広さを誇る「ヒバ千人風呂」です。
柱のない開放的な空間に、4つの異なる浴槽が配置されています。特に「熱の湯」は、湯船の真下から源泉が湧き出し、新鮮な温泉を直接楽しむことができます。 湯は、酸性・含硫黄泉で、白濁した湯からはほのかに硫黄の香りが漂います。館内には、旅館棟と湯治棟があり、湯治棟では自炊が可能な炊事場も完備されています。
八甲田山の豊かな自然に囲まれた酸ヶ湯温泉では、四季折々の美しい風景を楽しむことができます。特に冬季には、周辺が雪に覆われ、幻想的な雪景色が広がります。
● 酸ヶ湯温泉の歴史
酸ヶ湯温泉(すかゆおんせん)は、青森県青森市の八甲田山系に位置する、約330年の歴史を持つ温泉地です。1684年(貞享元年)に発見され、当初は「鹿湯(しかゆ)」と呼ばれていましたが、湯の強い酸性から「酸ヶ湯」と改称されました。
江戸時代中期から湯治場として栄え、1933年には「酸ヶ湯温泉株式会社」として正式に設立されました。1954年には、優れた温泉地として「国民保養温泉地第1号」に指定され、その効能と豊富な湯量が高く評価されています。 また、版画家の棟方志功も酸ヶ湯を愛し、湯治をしながら多くの作品を制作しました。
● 酸ヶ湯温泉へのアクセス
- 住所: 青森県青森市荒川中川温泉
- Google Mapsリンク: 酸ヶ湯温泉
- 徒歩でのアクセス: 最寄りのバス停「酸ヶ湯」から徒歩約1分
- 電車・バス情報: 青森駅から八甲田観光バスに乗り、「酸ヶ湯」バス停で下車
3. 日本最大級の遺跡|三内丸山遺跡
● 三内丸山遺跡の魅力
三内丸山遺跡は、青森県青森市に位置する日本最大級の縄文時代の集落遺跡であり、その規模と保存状態の良さから、縄文文化を理解する上で極めて重要な遺跡とされています。遺跡の広さは約42ヘクタールに及び、竪穴建物跡や大型の掘立柱建物跡、墓地、盛土など多様な遺構が確認されています。
出土品も多岐にわたり、土器や石器、木製品、骨角器、漆製品などが良好な状態で発見されています。さらに、約2000点を超える土偶などの祭祀・儀礼に関連する遺物が大量に出土しており、長期間にわたる宗教的活動の継続性を示しています。
遺跡内では、復元された竪穴住居や大型掘立柱建物を見学でき、縄文時代の生活を体感することができます。併設の「縄文時遊館」では、出土品の展示や体験工房を通じて、縄文文化への理解を深めることができます。2021年には「北海道・北東北の縄文遺跡群」の一部としてユネスコの世界文化遺産に登録されました。
● 三内丸山遺跡の歴史
三内丸山遺跡縄文時代前期中頃から中期末葉(約5,900~4,200年前)の大規模な集落跡です。 遺跡の広さは約42ヘクタールに及び、長期間にわたり定住生活が営まれていたことが明らかになっています。
発掘調査により、竪穴建物や大型掘立柱建物、盛土、墓など多様な遺構が発見され、多量の土器、石器、木製品、骨角製品などが出土しました。 特に、直径約1メートルのクリの木柱を用いた大型掘立柱建物跡は、当時の高度な建築技術を示しています。これらの発見から、三内丸山遺跡は縄文時代の人々の生活や文化、社会構造を理解する上で極めて重要な遺跡とされています。
● 三内丸山遺跡へのアクセス
- 住所: 青森県青森市大字三内字丸山
- Google Maps リンク: 三内丸山遺跡
- 徒歩でのアクセス: 青森駅からバスで約30分、バス停「三内丸山遺跡入口」下車、徒歩約5分
- 電車/バス情報: 青森駅から市営バス「三内線」利用
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